高田ひろ子クァルテット/エルマ

Hiroko Takada Quartet / Elma


限りないリリシズムと優しいメロディ

Label:Roving Spirits CD品番:RKCJ-2010
POS:4544873 02010 0 発売日:2003.10.22
税込価格¥2,625 税抜価格¥2,500
発売会社:有限会社ローヴィング・スピリッツ 販売会社:スリーディーシステム株式会社 株式会社プライエイド・レコーズ


【メンバー】
高田ひろ子 (piano) Hiroko Takada
アンディ・ベヴァン (soprano sax) Andy Bevan
安カ川大樹 (bass) Daiki Yasukagawa
池長一美(drums) Kazumi Ikenaga on track 2, 4, 5
岩瀬立飛(drums) Tappi Iwase on track 1, 3, 6, 7, 8

【収録曲】
1.ラウンド・アンド・ラウンド  Round and Round 6:05(高田ひろ子) 
2.エルマ  Elma 5:11(高田ひろ子)             
3.ラプソディー  Rhapsodie 10:11(高田ひろ子)
4.ワルツ・セカンド  Waltz Und 7:19(高田ひろ子)
5.黒い森  Walk Into Schwalzwald 7:47(高田ひろ子)
6.ピコ・モコ  Pico-Moko 6:34(高田ひろ子)
7.西から来た風  The Wind From The West 7:05(高田ひろ子)
8.もうすぐ海  We Are Nearly At The Sea 5:16(高田ひろ子)
All composed by Hiroko Takada
Total time 55:33

【Credit】
Produced by Masahiro Tomitani プロデュース:冨谷正博
Engineered by Hatsuro Takanami 録音エンジニア:高浪初郎
Assistant Engineered by Takashi Okiyama アシスタント・エンジニア:沖山 俊
Mix & Mastered by Andy Bevan MIX&マスタリング:アンディ・ベヴァン
Art Direction & Designed by Shinnji Mezaki デザイン:目崎慎二
Recorded at B.S &T 録音:B.S &T(東京) 2003年4月13日、14日

(P)(C) 2003 Roving Spirits Co.,Ltd.

高田ひろ子ホームページ http://member.nifty.ne.jp/zhenji/jazz/index.html

【ライナーノーツ】
悠 雅彦

ピアニストとして第1級の実力をもつ高田ひろ子の待望の新作がやっと登場した。
どの世界でも当たり前に見られることだが、ジャズの分野でも能力や実力の高さに比して不当に低い評価に甘んじている演奏家が意外と少なくない。その1人がこの高田ひろ子であり、まずはピアニストとして彼女の優れた能力が評価され、これを契機に彼女がジャズ界一般にも正当に認知される日が訪れることを強く望みたい。いうまでもなく、世間に広くアピールするためには、能力以外の幾多の要件をクリアしなければならないこともある。人前で演奏する機会を絶やしてはならないし、演奏の姿を記録として人々に提供するなど、自ら自己の音楽を世間にさらしてアピールする努力もときには必要だろう。私が彼女の存在を知ったのは7、8年前のことだが、その後まもなく発表した事実上のデビュー作を聴いて、確かなピアニズムとメインストリーム・ジャズ一辺倒の陥穽を回避するユニークな個性にさらなる磨きがかかれば、楽しみな存在になるのは間違いないと秘かに注目したのであった。それから瞬く間に歳月が流れ、いつしか彼女の名を目にする機会がなくなった。聞けば、その間に彼女に待望の第1子が誕生し、子育てに追われる日々が続いて、演奏現場の第1線から身を引かざるをえなかった事情も重なったようだ。だが育児の間も、作曲だけは怠らなかった。やがて子育ての問題にもようやく目鼻がつき、待ち望んだ現場への復帰がかなって、気がつくとこつこつ作曲してきたオリジナル作品がかなりたまっていた。復帰後かつての調子も自信も取り戻した彼女が、これらのオリジナル曲をもとに新作の吹込を試みたいと思ったのは当然だろう。彼女の意欲的な気持に応えたのが、早くから彼女のピアニストとしての才能に注目していた富谷正博氏で、彼と高田の共同プロデュースでこの新作吹込が実現した。彼女の飛躍を期待する我われファンの熱望に応える新作であるとともに、演奏の喜びを横溢させながら持前の実力を発揮した高田の“いま”を伝える好アルバムである。タイトルには99年生まれの愛児の名にちなんだ「エルマ(恵琉馬)」が選ばれた。

  高田ひろ子(P)
  アンディ・ベヴァン(SS)
  安カ川大樹(b)
  池長一美(ds)/2、4、5
  岩瀬立飛(ds)/1、3、6、7、8
    2003年4月13、14日録音

7年ぶりのこの第2作は、ドイツのマイナー・レーベルから発売された第1作『A Song for Someone』(Traurige Tropen)同様、すでに日本で15年以上の活動歴をもつアンディ・ベヴァンとのコンビを軸にしたクァルテットによって演奏されている。高田ひろ子(’59年6月7日、大阪生まれ)がこのグループを結成したのは95年で、ベースは小井政都志、ドラムスは小野江一郎だった。ベースが香川裕史に代わった97年に先掲第1作を吹き込んだあと、小野江の渡仏を機にリズム陣を一新し、安カ川大樹、岩瀬立飛の新布陣で活動を再開。出産と育児のブランクを経てグループ活動を復活させ、その成果を世に問う本作の吹込へと漕ぎつけた、というのが彼女のクァルテットの簡単な歩みだ。今年の3月からはドラムスに池長一美を迎えた。岩瀬と池長の2人のドラマーが本吹込に名を列ねた所以もここにあるだろう。
オーストラリアのバース生まれでアデレード育ちのベヴァンは当市の芸術教育大学でテナーを専攻したサックス奏者だが、同国先住民族アボリジニの伝統楽器ディジェリドゥの奏法をマスターしたマルチ吹奏楽器奏者として、日本でも広く知られる存在となった。母国から日本にいたる東南アジア各地の音楽を研鑽、修得した成果を注入するTATOPANIに象徴されるように、ジャズから出発しながらジャズを超え、さまざまな音楽を横断する開かれた地平を目指す彼の志向性や考え方が、高田の心を捉えたことは彼女の表現性からいって想像に難くない。ある意味で彼女のクァルテットはベヴァン抜きには考えられないほど、そこではどんな音楽にも巧まず宥和して共振しあう余地を生みだす彼の存在感が大きく働いている。それが彼女の精神安定剤的な役割を担っているようにさえ見える。彼女が新録音を決意したことを知ったとき、本来なら彼女が自己の現在を率直にさらけだし、誰にも頼らずに持てる力を大胆に発揮して道を切り開くためにも、ここはトリオの形で演奏するのが望ましいと私は思ったのだが、後日会ったときに彼女も否定はしなかった。だが、彼女は彼女の考え方に従って第2作もクァルテットを選んだ。トリオの方は次回に期待してほしいということだろうか。
高田ひろ子はまずピアニストとして目覚ましく、同時に作曲家として注目すべき才能をもっている。大阪芸術大学でクラシックの奏法を修得する一方で、ライヴ演奏にも精をだした彼女は81年に上京し、現在ドイツに住んで活動する高瀬アキについてジャズ音楽の基礎を学んだ。その高瀬は先記第1作に推薦文を寄稿し、その中で彼女の「前向きな姿勢と天性の明るさ」を賞讃し、「良いことは貫くことにあり」という言葉を贈っている。彼女のこの性格は高瀬の音楽家としての姿勢とも重なりあうが、他人の言葉に振り回されることなくひたすら自分の信じる道を突き進んできた信念の固さや強固な意志力が、今日の彼女の演奏に反響しており、この1作にもそうした一端を汲み取ることができるだろう。ピアニストとしての彼女の奏法は、強靱なタッチが生む重厚ともいえる豊かな音色と響き(ソノリティー)、そして恐らくは作曲能力と一体となった独特の奏法に由来すると思われる構造性に富む知的な楽想の展開に特色があり、魅力ともなっている。「ラプソディー」の解説に彼女がブラームスを好んでいるのが窺えるのも決して偶然ではない。彼女が最も好きなピアニストにデニー・ザイトリンをあげているのも、音色とソノリティーは無論だが、展開する楽想のこのがっちりした構造性と無縁ではないと思う。
他方、高田は現代音楽の奏法と作曲法を平尾はるなと松平頼暁の両氏に師事して学んでいる。92年には「ピアノナウ」で一柳慧とジョルジュ・リゲティーの作品を演奏したという彼女の確かな技量と表現力が、演奏家としての彼女の幅を広げるとともに、作曲家としての能力を啓発していったことは間違いない。第1作で収録7曲中5曲のオリジナルを発表した彼女は、この第2作では全曲(8曲)を自作品で統一し、満を持して世に問う新作にふさわしい意欲あるところを示した。作曲家、高田ひろ子の魅力を味わうことができる新作ともなったといって良いだろう。
アンディ・ベヴァン以外の共演者に触れるスペースがほとんどなくなってしまったが、全員が本邦ジャズ界の第1線での活躍を欲しいままにする名プレーヤーばかりなので贅言は必要あるまい。安カ川大樹と岩瀬立飛は90年代初頭から頭角を現わし、瞬く間に引っぱりだこの存在となり、国内で最も多忙なミュージシャンとなった。安カ川には『レット・マイ・ティアーズ・シング』という注目に値するリーダー作があるが、岩瀬もピアノの新澤健一郎と双頭でリーダー作をだしている。池長一美は米国から帰国(95年)して10年も経っていないが、近年の難波弘之、水野正敏らとのA.P.J 活動などで人気と評価を高めているドラマーである。バークリー音大を卒業後米国での活動をしばらく続けた彼は、今でも毎年渡米して多くのミュージシャンと共演する機会をもっている。3人は高田が初めて共演したときに衝撃的な喜びを与えた真に傑出した演奏家たちであり、彼女が活きいきとプレイするここでの演奏の素晴らしいバックボーンを形成している。

【曲目解説 】高田ひろ子

1:ラウンド・アンド・ラウンド
息子、エルマが1歳を過ぎ、自由にあちらこちらを這い回る事ができるようになった頃、作った曲。レコードや本など、整然と並んでいるものに突進し、あっと言う間にバラバラにするのを得意満面で楽しんでいた。私はエルマを“混乱の神”と呼んでいた。3/4+3/8から、5/4、11/8と拍子が変わる。ピアノの細かいパッセージと、それに絡み遊ぶサックスのフレーズの、どちらもテーマ。

2:エルマ
生まれて間もない、まだ人間になっていないような、エルマを抱き、何とも言えない根源的な愛情と、魂の貴さを感じつつ、自然に生まれた旋律。まさしく“無垢”なのに、全てを持っていると感じた。大人になるという事は、成熟すると言うよりも、本来持っている物を無くして行く事かもと思わせた。原始的なメロディーのバラード。

3:ラプソディー
曲を作る時、湧き出て来る物をすくい上げるように作って行くのだけれども、後で何かに似ていると思うことがある。この曲はそれ。ブラームスのピアノ曲“ラプソディー”に少し似ている所がある。誰かに指摘される前にタイトルにしてしまった。ラプソディーとは狂詩曲の事。オリジナルを作り初めた頃、6/8拍子で書いた物のリメイク。テーマは3部構成で、比較的大きなリズムの1、3部に挟まれた、草原をすれすれに低空で滑走する中間部のイメージが、この曲の核になっている。

4:ワルツ・セカンド
私は、ジャズのビートが大好き。そして3拍子も大好きである。すると、こういう曲が書きたくなる。一枚目の「ワルツ」然り。しかしなぜかタイトルが見つからない。一曲目はワルツワルツと呼んでいるうち、だんだんタイトルそのものになってしまった。これは、その続きのようなもの。メロディとコードが行きたい所に進んで行ったら、あっという間に出来てしまった曲。

5:黒い森
酸性雨に冒され、危機にあるドイツのシュバルツバルトを、ほんの端をかすめただけではあったが、歩いて、感じるところがあり、帰りの飛行機の中で作った曲。ビートは、スイス人のピアニスト、マルコムのアフリカン・テイスト溢れる音楽に影響されている。しかし日本人の私が作るとドイツでもアフリカでもなく、湿気が加わり“熱帯雨林”的なのが、我ながらおかしい。

6:ピコ・モコ
やっと首の座ったエルマをひざに乗せ、ピアノに向かい作った曲。ひじで支えていないと、エルマが落ちてしまうので、テーマの音域が狭い。ベースとピアノの左手のユニゾンによるパターンの上でメロディが転がり跳びはねる。おもちゃ箱を引っ繰り返したような感じ。タイトルはヴォーカリストの澄淳子さんによる。「ピコ・モコ」とはさて何を意味しているでしょうか?

7:西から来た風
アラブのポップスってこんなのじゃないかな、と突然、勝手なイメージが湧いて来て、作った曲。アラブ音楽に詳しい友人によると、こんな物は無いそうだ。テーマは連続したフレーズで流れて行くが、サックス奏者泣かせ。息をする場所がないのだから。

8:もうすぐ海
サンバ風の、シンプルなメロディの小品。バイクに二人乗りさせてもらって海に行く時、いよいよ海に近づき、ほのかに潮の匂いの混じって来た風を肌で感じ、わくわくしている。青く広がる海はもうすぐそこ。

                                Back to TOP